Yes, Virginia, there is a Santa Claus.

 

 
「お邪魔します。あれ、師叔は?」
 

楊ぜんはリビングに入るなり、無遠慮に部屋を見回した。細く開いた窓のそばに立つ雲中子が、煙草をぶら下げた口の端を持ち上げる。

 
「君は口を開けば太公望だねえ」
「道場には師匠だけだったから、もうこちらにいらしているのかと思ったんですけど」
 

日常茶飯事の冷やかしには付き合わず、楊ぜんは自分の関心事のみを呟く。紙の鎖を手に踏み台に乗った普賢が笑った。こちらは二人のやりとりをまとめて面白がっているらしい。

 
「望ちゃんはきっと用意がすんだ頃に来るよ」
「またですか」
 

楊ぜんは肩にかけた鞄を部屋の隅に下ろし、ダッフルコートの留め具に手をかける。だが一つも外さぬうちに、後ろから声がかかった。

 
「コートは脱がなくていいよ。君は買い出し組」
「僕に選択権はなしですか」
「ないよ、そんなの。ここ玉鼎の家じゃない」
「あなたの家でもあるでしょう」
「ならなおさらだろ。ほら、とっとと行くぞ!」
 

真後ろの太乙の声より少し遠くから、道徳の声が聞こえる。早くも靴をはき始めているらしい。ドアの隙間から伸びてきた太乙の手にコートの袖を掴まれ、楊ぜんはリビングを引っ張り出される。元々反抗する気もない彼は素直に従った。

 

 

 

 

「それで雲中子は手伝う気なし?ここにいてそれは望ちゃん以上だと思うんだけど」
 

壁の飾り付けを終えた普賢が、三人組が出て行っても相変わらず煙草を灰にすることに熱中している雲中子にちくりと棘をさす。彼の柔らかな非難は大抵の相手に絶大な効果をもたらすのだが、雲中子が相手ではのらくらとした笑いが返ってくるだけだ。

 
「パーティーの準備なんて、主催者と若者でやればいいのさ」
「道徳は働いてくれているけど」
「彼はいいんだよ。喜んでくっついて行ってるんだからね」
 

誰に、の部分が抜けたのは二人の会話に必要ないからだ。普賢が小さく首をひねる。

 
「そういえば今年は来ないと思っていたんだけど」
「道徳?」
「そう。彼女ができたって言ってたじゃない」
「ああ。それなら別れたよ。2週間前に」
「それはまた・・・残念だね」
 

ツリーの飾り付けに取りかかっていた普賢の手が止まる。何もクリスマス直前に別れることもないだろうにという響きを言外に感じ取り、雲中子は苦笑する。まったく、反応はみんな一緒だ。

 
「残念なものかねえ。わざわざこの時期に別れを切り出したのは道徳の方なのに」
「え?そうなの?」
 

それにしてもなぜこのタイミングで、と解せない顔つきの普賢に、同じ顔の太乙が重なる。今回は取り繕わなくてもいいから楽だ。

 
「彼女とロマンチックなクリスマスを過ごすより、男だらけの侘しいパーティーに出て
 恋の敗北感を噛みしめたいんだってさ」
「それで彼女が怒らせちゃったの?」
「いや。そんな風に未練を残しながら付き合っていたら相手に悪いから別れたらしい」
 

普賢が宙を仰ぐ。確かに最悪だ。

 
「会ったこともないけど、元彼女に同情するよ」
「まあね。でも道徳の方が引きずっているんじゃないかな。
 女の人は意外とあっさりしているからね」
「まるでその道のプロのようだ」
 

茶化す言葉は取りようによっては下世話だったが、普賢が口にするとそうは聞こえない。雲中子は妙に感心した。

 
「職場では盛りのついた若者に囲まれて、プライベートではこの調子で、
 そりゃあ詳しくもなるさ」
「それならプロの技で道徳を慰めてあげなよ」
「今絶好の慰めを得ているところじゃないか」
 

雲中子が身体をベランダの方へ傾ける。普賢は小さく首を振った。

 
「意外と自虐的なんだね、道徳って」

 

 

 

 

「ずっと聞こうと思っていたんですけど、
 師匠はこのクリスマスパーティーに満足なさっているんですか?」
「は?」 

先を歩いていた二人が楊ぜんを振り返った。何を今更と言いたげな様子に、確かにその通りだと思いながら楊ぜんは続ける。

 
「お招きいただけるのはすごくありがたいのですが、
 恋人同士ならクリスマスは二人きりで過ごしたいものじゃないかなと思って」
「・・・・君の口ぶりだと私たちのわがままに玉鼎を付き合わせているみたいに聞こえるけど、
 そもそもこの会を始めたのは玉鼎の提案だよ」
「そうなんですか?」
 

楊ぜんの声が高くなる。答えを求めて目をやった道徳は視線に気づかないのか、両手をポケットにつっこんで黙々と歩き続けている。着膨れするタイプらしく、まるでダルマだ。

 
「そうそう。雲中子ってクリスマスも関係なく研究室開きそうじゃない?
 クリスマスも実験じゃ学生さんたちがかわいそうだろう、って
 玉鼎が言いだしたんだよ」
「あー、なるほど」
 

経緯がわかると、確かに納得できる。坂道に差し掛かったせいか、太乙はそのまま黙り込んだ。運動不足気味の彼には辛いらしい。

 
「そういうおまえはどうなんだよ」
 

こちらは全く堪えていない道徳が、意地悪な笑みを浮かべる。似合わないなという正直な感想はとりあえず心の中に留め、楊ぜんは澄まして返した。

 
「なにがです?」
「太公望だよ。今年は声かけるべきかどうか、みんなで散々悩んだんだぜ?
 俺たちに気を使わなくていいんだぞ」
 

どうやら墓穴を掘ったらしいと楊ぜんは悟ったが、もはや手遅れだった。諦めの境地に達する。

 
「・・・僕たち、別に何もありませんから」
「本当か?まさかおまえが押しあぐねているなんてことはないだろ?」
「道徳、逆はあってもそれはないよ。側にいてあてられるったら」
「それだけ押してるんなら、なんか手応えがあるんじゃないか?」
 

二人の様子を間近では見ていない道徳は何気なく言った。しかし楊ぜんと太乙がそろって微妙な表情になったのを見て、怯んだ。

 
「手応えなし、なのか?」
「間違えようがないほどはっきりと伝えていると思うんですけど」
「太公望はなんというか・・・照れ屋なところがあるからなあ」
 

地雷を踏んだと気付いて、道徳はフォローに回る。このくらい突ついたところで、プライドが高い楊ぜんが目に見えてへこむとは思わなかったのだ。自分も秘めるところがある彼がすっかり楊ぜんに同調してしまったのは言うまでもない。

坂が終わって広い道に出る。年長組は暗くなった楊ぜんを挟むように横に並んだ。気まずくなりかけた雰囲気を破ったのは太乙だった。

 
「もしかしたらさ、サンタさんが願いを叶えてくれるかもよ」
 

のほほんとした口調と内容に、馬鹿にするなと抗議しかけた楊ぜんは、太乙が真剣な顔をしていることに驚く。からかわれているのではないらしいと気付いて、とりあえず先を促してみた。

 
「大人になっても来てくれるんですか?」
「さあね。でもある日気づいたら全てが変わっていたってこともあるかもしれないよ?」
「朝起きたらプレゼントが枕元にあった、みたいにですか」
「そーそー」
 

太乙は間延びした返事を返しながら、いつもこちらの言いたいところを即座に読みとる若い後輩の苦労を思う。聡明で何でもできてしまうから、もどかしいこともあるのだろう。

 
「いい子で待っている、っていうのも一つの手かもしれませんね」
「そうそう、何があるのかわからないんだからさ」
 

態度に出るよりもずっと深刻に落ち込んでいたのかもしれない。楊ぜんは他愛ないほど簡単に浮上する。その様子に胸をなでおろしながらも道徳は、それは思われる側だから言えることだよなとこっそりため息を吐いた。

 

 

 

 

 
「それじゃあ」
「乾杯!!」
 

もうもうと立つ湯気の中でグラス同士がふれあい、澄んだ音を立てた。

 
「やっぱ冬は鍋だよねえ」
「クリスマスに鍋をチョイスするのもおもしろいですけど」
「文句があるなら食わんでいいぞ、楊ぜん」
「用意もしていない君がなんでそんなに偉そうなんだい」
「楊ぜん、これはクリスマスパーティーじゃなくて鍋パーティーだよ」
「思いっきりクリスマスの内装じゃないですか」
 

めいめい勝手なことを言いながら、素材を鍋に入れたり、逆に引き上げたり、酒を飲んだりと好き勝手に振舞っている。グラスを片手にその様子を眺めていた太乙は、寄り添うように座る玉鼎にだけ聞こえるように呟く。

 
「やっぱりみんな揃うと楽しいね。若干何名には悪いけどさ」
「ああ」
「おいおい、内緒話はなしだぜー」
 

肉に夢中になっていたはずの道徳はしっかりと首を突っ込む。事情を知るその場の約半数は忍び笑いをした。それには気づかず、太乙は打って変わった冷たい表情で応じる。

 
「内緒話なんてしてないよ。男ばっかでむさ苦しいクリスマスだねって」
「悪かったな、むさ苦しくて」
「もう今年も終わりだな」
 

むくれた道徳をよそに、玉鼎がしみじみとした口調で言った。

 
「去年のパーティーからまだそんなに経っていない感じだよね」
「それは君が年を取ったのさ、普賢」
「十代をつかまえて言うことじゃないぞ」
「師叔は普賢先輩に優しいですよねえ」
「ダアホ。同い年としては言い返さぬわけにはいかんだろうが」
「面子もやっていることも変わらぬから、昨日のことのように思うのだろう」
 

火花が散りだすと巧みに話題を逸らしているかのごとき玉鼎だが、本人にその自覚はない。

 
「進歩がないねえ」
 

のんびりと痛いところを突く雲中子の腕を、道徳がつねろうとする。だが一息早く雲中子にぴしゃりとその手をはたかれてしまった。

 
「おまえっ、本当に腹立つなあ!」
「30年も付き合っていて今更じゃない」
「まだそんなに経っていない!」
「なんにせよ、よく続くよ」
「おまえが言うな!」
「道徳っ、鍋ひっくり返したら責任とってもらうからね!」
 

叱りつけられて、道徳はしゅんとおとなしくなる。せめてもと雲中子を睨みつけるが、ポン酢を箸でかき回す科学者は面白げに一瞥を返しただけだった。もう一組の幼馴染コンビが耳打ちしあう。

 
「変わらぬのう」
「変わらないね」
 

そして同時に噴き出す。相変わらず息がぴったりなその様子を見ながら楊ぜんは、彼のサンタにはいい子にしている以上のアピールが必要らしいと新たな闘志を燃やすのだった。

 

悲喜こもごものうちに、また年が暮れていく。

 

 

 

 

fin

10年X'mas企画。
パラレルコーナーを作った時から書く覚悟を決めていましたが・・・難しいよ、クリスマス小説。
タイトルは有名な社説からです。メリー・クリスマス!

[10/12/24]

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