「おい、おまえ」
ナタクが珍しく自分から話しかけてきたのは、いつも通り戦いをしかけてきた彼を僕がこてんぱにやっつけたあとだった。寝台に横たわる彼は、こういう時の常で全身から不機嫌を発散している。
「なんだい?」
「おまえはどうしてそれほど強い」
天才ですから、という答えがのど元まで出掛かったけれど、年端もいかない素直な少年相手なので自重する。
「色々なことを学んだからじゃないかな。
身体を鍛えるだけでもある程度までは強くなれるだろうけど、一面的な強さには限界があるからね」
少し難しかっただろうか、とナタクの顔を見ると、意外と真剣にこちらの話を理解しようとしているようだった。
ふ、と思い出して付け足す。
「あと強くなりたければ、師の言うことをよく聞かなければね」
「・・・おまえの師匠は強いのかもしれんが、太乙真人は弱いぞ」
思ったとおりの答えに、太乙さまがほんの少し不憫になった。まああの人なら自分を師と認める今の発言でも喜びそうだけれど。
「おまえの方が強い」
「僕は確かに強いけどね、ナタク。太乙さまも強いんだよ」
ナタクは無言だけど、視線にこめられた不信感は百の言葉にも勝る。まあ、無理もないか。
でもこの誤解は、太乙さまにとってはともかく、ナタクにとってあまり幸せなものじゃないかもしれない。なぜからしくもない老婆心がもたげて、僕は昔話をすることにした。
「太乙さまが君の開発に取り掛かった時、崑崙ではずいぶん多くの人が反対したんだ。
生命を作るなんて自然の理に反する、不遜だと言ってね」
生命ではなくロボットを作ったらどうか、なんて妥協案も出されていたな、と思い出す。そんな提案をする人にとっては、ナタクもロボットのようなものかもしれない。
そういえばあの時、太乙さまが人工生命を完成できるということには誰も疑問を抱かずに議論をしていたっけ、とも思い出す。そのくらい太乙真人という人の能力は抜きん出ていて、誰からも認められていた。
「太乙さまはすでに十二仙でいらしたし、天尊さまの承認を得た正式なプロジェクトだったから、
表立っての批判にはそれなりの節度があった。
けれど不満がなくなるわけじゃないから、太乙さまはかえって陰湿な嫌がらせを受けることになったよ。
時には命にかかわるような嫌がらせを」
ナタクの様子をうかがうと、無表情の中にもかすかに戸惑いのようなものが見て取れた。自分の誕生にかかわる話になるとは思わなかったのだろう。
「僕は師の使いで、何度か太乙さまの洞府を訪ねたことがあった・・・」
あの頃太乙さまの洞府に行くと、いつも部屋の片隅に開封されていない手紙が重ねられていた。
山から零れおちた一枚を拾い上げてみると、差出人がない。さすがに中身を見るわけにはいかなかったけれど、名前が書けない手紙ということで、容易に内容の察しはつく。よく見ると無造作に積み上げられた手紙の大半は無記名のようだった。
「・・・手紙、片付けましょうか」
なにやら部品を磨いている太乙さまに声をかけたが、彼は振り向きもしなかった。
「んー、あとでまとめて始末するからいいよ。危険物が紛れているかもしれないし」
「紛れていたことがあるんですか」
「時々ね」
太乙さまの言葉には緊張感なんて全然なくて、僕はなぜかそのことに苛立ちを覚えた。
「まったく・・・言いたいことがあるのなら、堂々と出てきて言えばいい」
「やっぱり玉鼎の弟子だねえ。そういうわけにはいかないでしょ。
私もこうなることは予想がついていたし、放っておけばいいよ」
相変わらず当事者意識が感じられない太乙さまだが、背中の傷はこうして作業をしている間にも痛んでいるはずだった。つい先日、洞府の入り口に仕掛けられていた時限式のボウガンで負った傷だ。命に関わるものではなく、暗殺未遂というよりは悪質な嫌がらせだったが、心ある人たちはみないきり立った。玉鼎師匠など、犯人を見つけ出して斬るなんて物騒なことをおっしゃるものだから、本気でお止めしなけれらならなかったくらいだ。
ところが当の本人ときたら、終始こんな感じなのだ。
「太乙さまは甘すぎます」
「君は優しいねえ」
思わずため息をつくと、そんな言葉が返ってくる。この人は大体、ほしい言葉とは違うことを言うのだ。
「ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
「うん?なんだい?」
相変わらず作業をしている手は止まらないけれど、それほど重要な作業にも見えない。
無言のまま待つと、彼は観念したように肩をすくめ、ようやくこちらを向いた。
「ちゃんと聞いているんだけどね」
「知ってますよ。・・・僕は人工生命に賛成でも反対でもないので、これは純粋な好奇心なのですが」
一度言葉を切って反応をうかがうが、太乙さまは特に身構えたりはしなかった。
気を使うのも馬鹿馬鹿しくなって、率直に質問をぶつける。
「生命を作られることに迷いはなかったんですか」
「なかったよ」
間髪いれずに返ってきた答えはそれまでとまったく同じ語調ののんびりしたものだった。なのになぜだろう。とても鮮やかな輪郭を伴って聞こえた。あの時も太乙さまは、笑っていたはずだ。
「『この子は生まれてきていいのか』なんて考えていたら、親になんてなれないだろう?」
この子ができたら仲良くしてやってよ、とも言われたっけ。
それはナタクには言わないけれど。
「今のは、アイツが強いという話なのか?」
天井を睨みつけるようにして話を聞いていたナタクは、頭の中をかけめぐる疑問符をもてあましているらしい。
「そうだよ」
君にはまだ難しかったかな。まあ、わざと難しいように言ったんだけど。君が自分で気づくべきことだから。
あの人の揺るがない佇まい。その強さ。確かに目に見えやすい強さではないかもしれない。
でもきっといつかは。
「いつかは君にもわかる」
「キサマ、なにが言いたいんだ」
ナタクが剣呑に目を細める。僕は笑みを返した。
「君は強く望まれて生まれたってことさ」
「・・・フン。俺は寝る。寝ている間にあいつのところに連れて行け」
「わかったよ」
僕の返事を待たずに、ナタクは目を閉じた。程なくして、規則正しい寝息が続く。
まったく、手のかかる師弟だ。足元でくしゃくしゃになった毛布をかけてやる。
太乙さまのところに連れて行ったら連れて行ったで、手加減してくれよ、と今日もぼやかれるのだろう。そうしたらいつものように、もう少し喧嘩っぱやさをどうにかしたらいかがですかと言ってやろう。きっと太乙さまはなにも反論できなくて、ぶつぶつと文句を言いながら、それでも楽しげに修理を始めるのだ。
「さて、吼天犬。もう一仕事頼むよ・・・」
fin
楊ぜんも太乙のことを何だかんだで認めていたらいいなというドリームでした。
[2010]