周公旦は太公望を探していた。
彼が城下に住まうようになって、もう数か月が経つ。まだ宣戦布告こそしていないものの、西岐は来るべき戦への準備を着々と進めていた。太公望も客人として招かれていた時とは違い、今は軍師としてそれなりの仕事量をこなさなければならない。それでも彼はなまけ癖を発揮して執務室を頻繁に抜け出すものだから、城内を探し歩くのが旦の日課になりつつあるのだった。
「四不象」
廊下をこちらに向かって飛んでくる霊獣に気付き、旦は声をかけた。
太公望と対になっている印象の強い霊獣だが、今は一人きりだ。
「あ、周公旦さん。おはようっス」
四不象の方も旦を認め、こちらに向かってくる速度を早める。
「おはようございます。太公望は一緒じゃないのですか」
「ご主人は姫昌さんの部屋っす。
今送ったばっかりっスから、たぶんあと2,3時間は出てこないっスよ」
「2,3時間?」
旦は違和感を覚えた言葉を繰り返すが、霊獣は旦の怪訝げな様子に気づかない。
「一度行くと、いつもそのくらいはいるっスから」
話し合わなければらないことがいっぱいあるんスね、と無邪気に続ける霊獣に、旦はため息をつくのをこらえた。
話すことなど、そんなにあるはずがないのだ。いや、話し合う時間が、と言った方が正確か。
近頃彼の父親はめっきり弱りこんでいて、体調の良い日でも続けて意識を保つのは1時間がやっとだ。恐らく太公望がいる間も、眠っている時間の方が長いだろう。
姫昌の部屋は寝台以外何もなく質素だったが、主の人柄を反映するように穏やかな日の光が差し込んできて心地よい。太公望は何を思いながら、あの明るい部屋で時を過ごすのだろう。確実に死に向かいつつある姫昌の傍らで。
旦は思いを馳せながら、会話を続ける。
「なるほど。それで今は一人なんですね」
話が自分に移ったのだと気付き、四不象は人懐っこい笑顔を浮かべた。
「ご主人と姫昌さんのお話は、ボクには難しいっスから」
普段は主人を罵ったりもする四不象だが、こんな時に不意に見せる誇らしげな表情が、この主従の関係を雄弁に物語る。
旦はほほえんだ。
「父上たちの話は、私にも難しいですよ」
「え、旦さんもっスか?」
四不象が目を丸くして、心底驚いた声を出す。
旦の脳裏に、この瞬間も限りある時間を共有している二人の姿がよぎった。
自分よりずっと長い時間を生き、ずっと多くの物事を見つめてきた二人。交わされない言葉で通じ合う二人。
旦は当たり前のように答える。
「ええ、もちろん」
四不象に別れを告げ、旦は自分の執務室へと行き先を変える。
いつかはわかりたい、と旦は思う。今すぐには無理でも、年月を重ねさまざまな経験を積んだ暁に、二人の間にあるものが理解できるような人間になりたい、と。それは決して、無謀な願いなどではないのだ。
次の仕事の手順を考えながら足早に歩く若者の姿は、見る者に未来を感じさせる颯爽としたものだった。
fin
まだ若いのに、私心なく周の発展に尽くした旦は立派です。姫昌の息子達はそれぞれ別のかたちで、立派に父親に並んだのですね。
[2010/04/07]