予感

 

ざあざあと雨が降る。夜が深まるにつれ、地面を叩く勢いが増していく。
いい加減眠ろうとほたる族を切り上げ一度は自室に戻った天化だったが、身体を温め直す時間もおかず、また煙草の火を灯しに出ていた。さすがに本格的に寒くなってきて、天化は欄干に乗せた腕をさする。薄い夜着でぼんやりとさまよっていた軍師がふと心配になった。鍛えた身体が自慢の自分と正反対の彼は、大層寒がりだ。あんな格好で出歩いていて風邪をひきやしないだろうか。それとももう部屋に戻って眠りについただろうか。

それはないな、と天化は自分の考えを打ち消す。別れ際に太公望が見せた表情を天化はしっかりと覚えていた。あの様子ではきっとますます目が冴えてしまって、自分を持て余しているに違いない。明らかに常と違った彼に追い打ちをかけたのは天化の不用意な態度だ。天化はそこまで冷静に振り返って、自分がそれほど罪悪感を抱いていないことに気付く。頭では申し訳ないことをしたと思っていたが、まるで実感を伴わないのだ。感情が薄膜一枚隔てて見ているようにぼやけてしまっている。こんなことはあの大戦以来、珍しくなかった。自分の心境がどう変化してしまったのか、天化にもわからない。彼もまた自分を持て余していた。

相変わらず眠気が訪れず、天化は新しい煙草をくわえた。このままでは一睡もしないまま夜が明けてしまうかもしれないと思ったが、この天気では時間の見当がつかない。
不意に雨音に違う音が混じった気がして、天化は火を取りだす手を止める。耳を澄ますと、低い機械音がこちらに向かってくる。いつもより控えめな音の主が誰だかはすぐにわかった。先に声をかけたのは天化だった。

 
「よう、宝具人間」
「・・・お前か」
 

ナタクの方は天化に気付いていたのか微妙な反応だった。回廊に沿って内庭を飛んできたらしく、欄干の方に近寄ってくる。天化は顔をしかめた。

 
「ずぶ濡れかい。何やってんのさ」
「・・・・・・俺は風邪などひかんからな」
 

日頃から返事の前に間ができるナタクだが、今のは言葉に詰まったのだと天化は察する。考えてみるとナタクが雨も気にせず飛んでいるのはいつものことで、今更わざわざそれを問うのはおかしかった。天化はばつが悪くなる。

 
「あー・・・・」
「天祥は寝たのか」
「ん?ああ」
 

話が変わったことにホッとしながら、天化は肩で背後の扉を示した。まさかこいつは天祥を心配して来たのだろうかという疑問が一瞬脳裏をよぎったが、また何か墓穴を掘りそうで天化は考えるのをやめる。どうせこれで無口なナタクは行ってしまうだろうと思ったが、案に反して彼は天化の前で高度を下げた。

 
「天祥は元気になってきたな」
「んー、オカゲサンで」
「俺にはあいつを励ます方法がわからなかった」
「・・・・・・」
「おまえにはわかるんだろう」
「・・・だといいけどな」
 

さあな、と吐き捨てそうになるのを天化はすんでこらえた。ナタクが純粋に自分の発した言葉を信じ切っているように見えたからだ。今晩も眠るまで自分の服を掴んで離さなかった天祥を思い出しながら、目を伏せる。しばらく気まずい沈黙が続いた。

 
「・・・だから」
 

ぽつりとひねり出すように呟いたきり、ナタクはまた沈黙してしまう。天化は片眉を上げて笑ってみせる。

 
「俺っちはしっかりしろってか?」
「そうじゃない」
 

思いがけず強い調子で返される。うまくつながらない会話にもどかしさを感じていた天化は、むっとしてつい語気を荒げた。

 
「じゃあ何さ」
 

ナタクはじいっと天化を見据えたあと、逃げるように横を向いた。こんな奴だったっけ、と天化は戸惑う。今までに積み上げてきた彼のイメージと目の前の表情がうまくかみ合わない。一瞬で高まった苛立ちが、すうっと引いていくのがわかった。
ナタクがぼそりと呟くが、雨の音に負けてしまう。天化は欄干にもたれかかり、身を乗り出す。

 
「え?何?」
「・・・・・・あまり無茶をするな」
 

天化の目が丸くなる。ナタクはその顔を見まいとするように、そっぽを向いたまま勢いよく高度を上げる。来た時よりもやや大きな機械音は、あっというまに遠ざかっていった。我に返った天化は、その場にしゃがみこんで屋根の外の空を見上げる。だが既にナタクは闇の中に吸い込まれて見えなくなっていた。
半ば呆然と天化は呟く。

 
「・・・・一体何を心配しているさね、アイツは」

 

 

 

 

fin

「あまがくれ」番外編。「あまがくれ」の天化君がかわいそうで書いたのですが、結局あんまりフォローにならなかったような・・・

[2012/09/08]

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