疲れただろうと笑うご主人は、自分はちっとも疲れていないかのようだった。
首の切り離された王が形をなくして空に飛んでいっても、人々のざわめきはおさまる様子がなかった。武王さんや楊ぜんさんは、とっくに宮殿の中に入ってしまっている。ここに残ったご主人をそのままにしているのは、みんながご主人を気遣っているだ。
「夜通しつき合わせて、すまなかったな。しばらく動きもないだろうから休んでおれ」
僕のことをいたわる言葉。でもそこにそれ以上の意味もあることを、僕は知っている。
ご主人は今から天祥くんの所へ行くつもりなのだ。今はまだ何も知らず、ただ悪い予感に胸を震わせているだけの。
その悪い予感が現実だと告げるつらい瞬間から僕を遠ざけたくて、ご主人は僕に休めと言う。
「わかったっス」
「わしの部屋がそろそろ決まっておる頃だろう。楊ぜんにでも確かめて、そこで寝るとよい」
そのまま向けられた背が数歩と行かぬ間に、僕は思わず呼び止めていた。
「ご主人!」
「どうした?」
振り返る顔は、少し驚いているみたいだった。自分でも切羽詰ったような呼び方だったと思うけれど、気にしている余裕がない。
「間に合わなくて、ごめんなさいっス」
「スープー」
「僕がもっと速かったら、天化くんは・・・」
涙をこらえてぎゅっと目をつぶると、つられたみたいに言葉も出なくなってしまう。
そのまま何も言えずにいると、ご主人が近づいてくる気配がした。小さな衣擦れのあと、頬に熱を感じる。
・・・ご主人の手だ。手袋を脱いだ小さな手が、僕の頬をなでている。
「おぬしがもっと速かったら、わしは振り落とされてしまっていたよ」
囁くような、小さな声だった。
「おぬしは速かったぞ。おぬしのように空を自在に翔るものを、わしは他に知らぬ」
「ご主人・・・」
目を開くと、こらえていた涙がぽろぽろとあふれて、ご主人の手を濡らした。
ご主人は優しくてどこか痛そうな目で、僕のことを見つめていた。
「おぬしには本当につらい思いばかりをさせる。
だがおぬしのせいでは決してないのだから、ただ天化のことを悲しんでやってくれぬか」
僕が今知ったこの苦しみを、ご主人は山ほど背負ってきたのだ、と今更気づく。
いつだってご主人は人のことばかりだ。体調が悪くて鼻血が止まらず眠れない夜が続いても、故郷をなくして瓦礫の中で声を殺して泣いていても、それを目にするのはいつも僕だけ。だけど、だから知っていると思っていたご主人の苦しみを、やっぱり僕はよくわかっていなかったのだ。
そしてそれは、今も同じ。僕の心には染み渡るような言葉をくれるご主人なのに、同じ力を持つ言葉でこの人を癒せる人などきっといないのだろう。
「・・・ご主人も寝てないっスから、早く休むっスよ」
仕方がないから僕は、誰にでも言えることを言う。ご主人は目の端をわずかに下げて、おでこを僕の鼻のあたりにコツリとあてた。
「おぬしがいてくれて、わしがどれだけ助かっておるか。おぬしにはわからぬだろうな」
こんなことに限って、わからないなんて言う。
僕はもう悲しいのか愛おしいのかもわからないまま、止まる気配のない涙をどうすることもできずにいた。
fin
こ、こんなのスープーじゃない!(書いたのはおまえだ)
題は書いている時に聞いていた曲の名前です。原作封神には英題を使いたくないのですが、あまりにもぴたりときたので。
[13/10/29]