どうにもならない

 

 

3、done

 

 

 

封神台の住人になってからも、普賢は時折玉鼎の茶を飲みに足を運ぶ。
特別社交を好む方ではない普賢だが、玉鼎を訪れる時には目的がないことが多い。玉鼎の方もそれを心得ていて、用事を問うこともなく、弟弟子に茶を振舞う。そんな二人の関係も、茶の味も、封神台に来る前後で変わることはなかった。

上品な甘みが口に広がるのを感じながら、普賢は思う。会って、話して、お茶を飲んで。ここに来て失ったものは、なんだったのだろう。

 

 

「ねえ、玉鼎。封神の時って痛かった?」
 

普賢の自覚以上に、その問いは不思議なものだったらしい。玉鼎は軽く目を瞠った。

 
「おかしなことを聞く。おまえも封神されてここにいるというのに」
「僕は一瞬でここに来ちゃったから。
 痛いとか、苦しいとか、感じている間もなかったんだよ」
「なるほどな」
 

聞仲との戦いの一部始終を封神台から見ていた玉鼎には、それで十分だった。
今度は自分が質問に答える番だと思ったらしい。遠い風景をながめるように、黒檀の瞳が細まる。

 
「痛かった・・・意識を失いそうな激痛だった」
「そう言うわりに、あまり辛そうな顔はしていない」
 

古傷をえぐるかのようなやりとりだが、玉鼎はむしろ楽しげだった。

 
「痛みよりも高揚感の方が、強く焼き付いているのかもしれない」
 

玉鼎が自ら心情を披歴することは少なく、強いられてもごくごく言葉少なに語るにとどめる。
この時も例外ではなかったが、普賢にはその思いをなぞることがたやすかった。
腕の中の命を未来に繋いだ彼と、閃光の中でほほ笑んだ自分は、限りなく等しかったはずだから。

 
「おまえは冴えない顔をしているな」
 

湯気の出なくなったお茶をぼんやりとながめていると、そんなことを言われる。
普賢は笑ったが、いつもと比べて力がないのは、自分でもよくわかっていた。

 
「僕も痛い思いくらい、してくればよかったと思って」
「何を言っている。そんなことにならぬよう、太乙が全力を尽くしたというのに」
 

今度は普賢が目を見開く番だった。但しこちらには、それほど驚いている気配はない。

 
「太乙から聞いてたの?」
「いや。だがあれだけの爆発を起こす宝具など、太乙くらいにしか作れないだろう」
「・・・太乙は改良しただけだよ。作るのは引き受けてくれなかったから」
「そうか」
 

何もかも捨ててしまいたいとでもいうように求めてきた太乙の姿が、玉鼎の脳裏をよぎる。
自爆装置の作者を察した時、あの雪の夜に太乙が見せたやるせなさの正体も垣間見た気がしていた。
残酷な推測を後押しするような普賢の言葉に、玉鼎は胸を痛めずにはいられない。

 
「ねえ、玉鼎。僕はこれ以上ないほどの幸せ者なんだよ」
「・・・・・・」
「やりたいことを、思うままに果たした。苦しむこともなく、失うこともほどんどなく。
 ・・・その分誰かが肩代わりしてくれたのかもね」
「太乙が心配か」
 

「誰か」が誰かは明白だった。

 
「僕が心配なのは、いつだって望ちゃんだけだよ」
 

他の者なら、明るく発せられたその言葉を額面通りに受け取ってしまっただろう。その中にはもしかしたら、普賢自身も含まれていたかもしれない。
だが玉鼎はゆっくりと首を振った。

 
「おまえが太公望を大切に思うのは、他の者がどうでもよいからなのか?
 違うだろう。思いが勝ったという、ただそれだけのことだ」
「うん。僕にとって、望ちゃんはいつも一番だから。
 望ちゃんの幸せのためなら、誰の幸せが犠牲になったって構わないと思ってる。今でも」
「そのことは、おまえが他の者を思う気持ちを否定する理由にはならないのだよ」
 

普賢の負い目を正確に見抜きながら、玉鼎は改めて人の心の不思議を思う。
玉鼎の目にはこんなにはっきりと存在する思いが、普賢には見えない。或いはただ一つを守るために峻烈にならざるをえなかった己に、見ることを禁じているのかもしれない。普賢真人という仙の情は、もっと広く深いものだというのに。

いずれにせよ、普賢の迷いを若さや愚かさのせいにするような玉鼎ではなかった。痛々しいほどの潔癖さを、愛おしいと思うだけだ。

 

黙り込んだ普賢は、ほとんど空の湯飲みに口をつけた。
秋の空のような青が思索に沈んでいくのを見守りながら、玉鼎は二杯目の茶の用意にとりかかりる。時間はたっぷりあるのだ。

 

 

 

 

fin

かなり試行錯誤したので、終わって安心しました。特に3は当初とまったく別物です。
特に意味はありませんが、副題は「だん」と読ませるワードで統一してみました。

[2010]

  Back