Christmas Time Is Here Again.

 

滅多に使わない固定電話がけたたましく鳴った。ソファに寝そべって雑誌を読んでいた太乙はうんざりと顔をあげる。知人とのやりとりはほとんどが携帯だから、どうせセールスか何かだろう。そう考えると面倒で、途中で切れてくれることを期待しながらのっそり起き上がる。だが、いざディスプレイを見てみると、並んでいるのは「公衆電話」の文字。無視しなくてよかったと太乙は思った。セールスではなさそうだ。

 
「もしもし」
「太乙、私だ」
「玉鼎?どうしたのさ」
 

壁の時計に目をやると、そろそろ帰って来ていてもいい時間になっていた。公衆電話なんてどこにあったっけ、と太乙は帰り道を思い浮かべる。玉鼎の背後はいやに静かだ。玉鼎自身声を落としているようだった。

 
「今病院にいるんだ」
「病院?怪我したの?」
「生徒がな。どうやら授業後に道場の前で喧嘩になったらしい」
 

玉鼎は珍しく不快感をにじませた。もちろん彼の門下生に喧嘩はご法度だ。
これは謹慎か悪くすると破門だな、と太乙は考える。剣術を教えて生計を立てている玉鼎だが、こういったことには決して妥協しない。

 
「ひどいの?」
「いや、さほどは。だが保護者が迎えに来ることになっているから、それまでは付き添わねばならん。
 夜間に駆け込んだから病院も遠いし、帰りは遅くなると思う」
「了解。気をつけてね」
 

そのまま通話を終えようとした太乙は、電話の向こうで何か言い淀む雰囲気に受話器を持ち直す。

 
「玉鼎?」
「すまないな、太乙。・・・クリスマスなのに。なるべく早く帰るから」
 

がしゃんと独特の音を立てて通話は切れた。これじゃあまるで言い逃げだ、と太乙は苦笑する。気にしてないよ、と言おうと思ったのに。

玉鼎の言葉が太乙には少し意外だった。クリスマスと言っても予定はなにもなく、今晩のことを特に話題にしたこともなかった。付き合い始めの頃はともかく、いい歳の男同士ともなるとわざわざ行事にかこつけて特別なことをするのも逆に気恥ずかしい。申し訳程度に続けていたプレゼント交換はいつのまにかフェードアウトしていたし、すでに下準備のすんだ晩御飯も日頃とそう変わらない。玉鼎もクリスマスなんて意識していないのだと思っていた。

太乙はソファに戻り、読みかけていた雑誌を手に取る。だが再び読む気が失せて、そのまま閉じてしまった。部屋の無音が急に迫ってきて、太乙は困惑する。どうやら玉鼎の一言で太乙の中の何かにスイッチが入ってしまったらしい。いくら遅いと言っても1、2時間もすれば帰ってくるだろうと自分を宥めてみても、不意に湧きあがった侘しさは収まりそうにない。勢いをつけて立ち上がる。このままぼんやりしているとますますひどくなりそうだった。

 

 

 

 

上がり框に足をかけた玉鼎は、廊下中に漂う甘い香りに眉をひそめた。匂いの強さから察するに何かを作っているようだ。珍しいこともあるものだ、と思う。太乙は料理上手だが、滅多に菓子の類は作らない。玉鼎が甘いものを好まないせいだろう。料理好きというわけではないのか、太乙は人に食べさせるもの以外にあまり手間をかけようとしないのだ。

本来なら玉鼎にとってあまり心躍る匂いではないはずだが、帰りを待つ人がいることの温かみのせいか、無性に食欲を刺激された。寝室に着替えに行くのも後回しにして、短い廊下を直進する。

 
「おかえりー」
「ただいま」
 

キッチンから声が聞こえる。匂いは障壁を失って、ますます濃厚になった。廊下とは段違いの暖かさと相まって、玉鼎は綿あめの上を歩いているようなふわふわとした気分になる。キッチンに顔をのぞかせると、太乙は鍋を火にかけているところだった。

 
「思ったより早かったね。その後トラブルはなかった?」
「ああ。保護者もすぐに駆けつけてくれたよ。平謝りだった」
「それはよかった。先に着替えてきたら?」
「いや。いい匂いがするからお腹が空いてしまったよ」
「みたいだね」
 

玉鼎は苦笑する。彼は表面が冷たいコートをきっちり着込んだままだった。
かじかんだ手でボタンを外しながらリビングに移動し、セーター一枚の身軽な姿になる。几帳面な彼らしくもなく、コートを食卓の椅子に引っ掛けて、いそいそとキッチンに引き返す。ご飯をよそう太乙の後ろを通り過ぎ、ジーと音を立てているオーブンの中を覗き込んだ。

 
「この匂いはチョコレートケーキか?」
「ガトーショコラだよ」
 

子供のようにガラスに張り付く熱心さは、大きな図体の玉鼎にはミスマッチだ。そんなギャップをかわいいと思ってしまうのは、見ているのが太乙だったからだろう。

 
「突然思い立ったから、他のケーキを作るには材料が足りなかったんだ。
 君はチョコが苦手だからちょっと迷ったけど、せっかくのクリスマスだしね」
「ラム酒入りか」
 

まな板の奥に置かれた空き瓶を手に取って、玉鼎はラベルを読んだ。いつ買ってきたものだろう。いや、誰かからもらったのだろうか。玉鼎が思い出せないでいるうちに、太乙の手により瓶は元の位置に戻されてしまう。代わりに持たされたのは湯気の立つお茶碗だ。まだ血流の戻りきらない指先に、程よいぬくもりが伝わる。

 
「ついでに甘さ控えめ。でも先にご飯だよ」
 

 

 

 

 

今晩のメニューの焼き魚、煮物、酢の物が食卓に並ぶ。配膳の途中で焼きあがったケーキは、まな板の上で粗熱を取っているところだ。焼きあがり具合を確認してから遅れて席に着いた太乙に、玉鼎はビールを注いだグラスを押しやる。二人そろってグラスを持ち上げた。

 
「メリー・クリスマス」
 

重なった声も、グラスの触れ合う音もひっそりとして、街の喧騒からは遠い。

 
「今年ももう終わりだね」
「太乙」
「ん?」
「来年のクリスマスはツリーでも飾ろうか」
「まだ今年のクリスマスが終わってないよ」
 

玉鼎の性急さを笑った太乙だが、内心ではとっさに「この部屋に置くのならどのくらいのサイズがいいだろう」などと考えていた。物静かなこの部屋まで浮かれた気分に満たされていく、今日は好き日だ。

 

 

 

Ain't been 'round since you know when
Christmas time is here again

 

 

 

 

fin

11年X'mas記念。
ただ二人をいちゃこらさせたかっただけのお話でした。タイトルは同名の歌から。
皆様、どうぞよいクリスマスをお過ごしください!
[11/12/25]

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