年甲斐もない、と思ってはいるのだけど。
「悪ぃな、聞仲。今晩は付き合えねえよ」
重役のみの定例会議が終わったばかりの、ざわざわとした部屋。
配布資料をまとめる不器用な手つきを見ながら、私はわずかな失望を顔に出さないように努力する。
「ああ、用事があるなら別にかまわない」
「オメー忘れてっかもしんねえけど、今日七夕だろ?天祥に竹を買ってやんなきゃならねえんだ」
昨日断っても、明日断っても同じ。そんな何の感慨もない断り方だ。
当たり前だ。この男は、私が七夕だから誘ったことなど知らない。
愛し合う者たちの逢瀬の日に私が抱く思いに、この男は欠片ほども気付いていない。
私は飛虎を好いているし、飛虎も私を好いてくれている。
そう言ってしまえば理想的な状態のはずなのに、なぜこんなにも胸が締め付けられるのだろう。
彼は夫で父親だ。非の打ちどころがないくらいに家庭的な男だ。
それなら家族がいなければ私の思いが報われたかは、真剣に考えたことがない。
そんな仮定は無意味なものだと鼻で笑う一方で、すべてを境遇のせいにしてしまいたがる臆病な自分にも気付いている。
「ああ、今日は七夕だったか。それは早く帰ってやらないとな」
いかにも気付かなかった、という風に笑うしかない。こんな嘘ばかりが達者になっていく。
「まあ短冊かけて喜んでんのも、あと何年もないだろうからなあ。できることはできるうちにやってやんねえと」
嬉しさと寂しさが入り混じった表情。
こんな時に「親友」はどんな顔をすればいいのだろう。わからないから、手元の書類をつかんで立ちあがった。
「成長したらしたで、また違った楽しみが生まれるのだろう。・・・さて、そろそろ仕事に戻らねばな」
「ああ。・・・オメーが空いてんなら、明日飲みに行こうぜ」
「そうだな」
同じ思いを共有しながら一年に一度しか会えない夫婦と、いつでも会える相手に届かない思いを抱える私。一体どちらが幸せなのだろう。くだらないことを考えながら、飛虎に先だって出口に向かう。
今夜は晴れるというから、天上の二人は逢瀬を遂げられるのだろう。ならば少なくとも、今晩の二人は私より幸せに違いない。
おとぎ話に嫉妬をするなんて、本当にどうかしている。だが理性でどうにかできるなら、もとより悶々としていないはずなのだ。
「・・・聞仲?」
飛虎が大股で私に並んでくる。
私は無表情を繕って、頭一つ上にある顔を見上げる。
「なんだ?」
「・・・オメーもよお、暦くらい気にしろってんだ。七夕ん時くれえ、星を相手に飲むってのもいいもんだぜ」
飛虎は、他人の中の孤独に敏感だ。そのわりに、孤独の出所には無頓着だったりするのだが。
鋭いのか、鈍いのか。自然に頬が緩んだ。
「ずいぶん風情があることを言うな。おまえらしくもない」
「オメーに言われたくねえよ。・・・ま、あと何年か経ったら、俺が教えてやっから安心しな」
飛虎がきゅっと目を細めて、大きな手をくしゃりと頭の上に置く。
胸がトクンと音をたてた。
私の動揺など露知らず、飛虎は私の脇をすり抜けて先を歩き始めてしまう。
彼の言葉は、数年のうちに息子たちも手を離れるというだけのことで。
なにも期待することはないはずなのに、勝手に胸が高鳴ってしまう。
私を翻弄するのは、いつだって飛虎にとって意味のない些細な言動なのだ。
(少なくとも、そばにいることは許されたわけだ)
言葉にされるまでもなくわかりきっているそんなことで、他愛もなく憂鬱が和らいでしまうのだから、やはり自分はどうかしているのだろう。
永遠に勝てない予感を持ちながら、私はため息をひとつついて飛虎の背中を追った。
fin
二人は殷コーポレーションの重役。黄家の年中行事を知らなかった聞仲は、多分長いこと単身赴任でもしていて飛虎と会えなかったのでしょう。
うちの聞仲さんは永遠に片思いです。発展することは多分ないので、期待しないでください(笑)
[10/07/07]